池袋暴走事件は禁錮5年で決着!受刑者刑の生活は?懲役刑との違い!

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2019年4月19日午後0時25分ごろに起こった、悲惨な事故を覚えていますか?

 

東京、東池袋4丁目の交差点付近をプリウス車で走行していた、旧通産省工業技術院の幹部だった男(当時87歳)が操縦していた車両を暴走させ、横断歩道を渡っていた親子を死亡させた事故です。

 

あのいたましい事故から2年5ヶ月。

 

プリウスを暴走させた男に、禁錮刑5年という判決がくだりました。

 

控訴することもなく、罪を認めて刑に服すこととし、近く収監されるとのことです。

 

事件当時、青信号の横断歩道を渡っていた親子と重軽傷を負った9人には、全く落ち度はありませんでした。

 

いつもと同じ日常を、いつものように過ごしていただけだったのです。

 

一体どのようにしたら、時速96キロも出して赤信号を突っ込んでくる自動車を予期することができたでしょうか。

 

加害者となった87歳の男の姿がテレビ映像に映し出された瞬間、我が目を疑ったのを今でも覚えています。

 

なんと加害者の男は、両手に杖をついて歩いているではありませんか。

 

「本当にこの人が運転していたの?」

 

これが思わず口から出た言葉でした。

 

そして

 

「アクセルは踏んでいない」

「ブレーキを踏んだが加速した」

「安全な自動車生産に務めてほしい」

 

などとして、過失運転致死傷罪で無罪を主張したのです。

 

この問題、絶対に他人事として風化させてはなりません。

 

他人に奪われてはならない尊い命を、ドライバーの思い込みや身勝手で奪ってしまっていいわけがないのです。

 

今回この記事では、加害者の男と被害者男性の温度差についてまとめていきます。

 

禁錮刑を受け入れましたが、どのような生活を送ることになるのかと、懲役刑との違いまでを調べました。

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池袋暴走事件は禁錮5年で決着!

加害者の男は「アクセルペダルを踏み続けた記憶はない」と主張し、一貫してプリウスの異常であったことを訴え続けました。

 

最後の最後まで無罪を主張していましたが、アクセルとブレーキの踏み間違いが認定され、禁錮刑5年が確定しました。

 

しかしこの男(事故当時87歳)実は、運転を控えるようにと医師から忠告されていたのです。

 

・事故の数年前に足のふらつきを感じていた

・医師の診断はパーキンソン病だった

・医師から運転をやめるように忠告されていた

 

こんなことになっていたのですね。

 

わたしが勤める会社社長も同じく、パーキンソン病と診断されていたのですが、こんな症状があるといっていました。

 

「例えば、歩こうと思って一歩目を踏み出そうとするけど、足が一拍遅れて出る

 

「だから、とっさのときは体が動かない」と。

 

要するに、自分が思ったタイミングで足が動かないから、つまずいたり転んだりするのだそうです。

 

だから社長は、約一ヶ月入院していたといっていました。

 

その社長が、書類を渡すためだけに車に乗って自宅まで来たときには、

 

「え!運転して大丈夫なんですか?」って、思わずいってしまいましたもん。

 

社長は穏やかな表情で「大丈夫やろ」って笑っていましたが。

 

今回の池袋の事件も『大丈夫だろう』という、根拠なき過信が招いた事故だと分析します。

 

加害者の男の主張

調べにより、事故を起こしたプリウスの装置に異常は見られず、正常だったことが証明されました。

 

それでも「自分には過失がない」と、言い張りましたよね。

 

判決の際「過失は重大で、事故への反省の念もあるとはおもえない」として、禁錮刑5年が言い渡されました。

 

加害者の男は、国の決定事項に従うという意向を示したとありますが、果たして本人は納得しているのでしょうか。

 

多分、事故自体は重大であることは認識できるが、自分の過失については納得していないのではないでしょうか。

 

事故から判決までにかかった時間は、2年5ヶ月です。

 

しかしこの間、一度も『わたしがペダルを踏み間違えたかもしれません』という言葉を口にすることがなかったですよね。

 

もし事故を起こした自覚が少しでもあるのなら、不本意でも反省の弁を述べるはずです。

 

「事故によって2人の命が失われたことに関してはいたましく思う。しかし自分には過失はない」と、はっきり否定しているところをみると、加害者の男は本当に踏み間違えていないと、間違った記憶の刷り込みが起こっているのかもしれません。

 

・わたしはアクセルペダルから足を離した

・わたしがブレーキペダルを踏んでも加速した

・足元を見たらブレーキペダルを踏んでいた

 

事実とは異なっていても、それが『真実だ』と信じていれば、偽りの事実がその人の真実ということです。

 

自分の運転操作に間違いはないが、赤信号を暴走しながら突っ込んだ事実も認めなければならない。

 

となると、なにが原因かと問われると、『乗っていていた車両の異常』としか言いようがないわけです。

 

だから

 

「アクセルを踏み続けていない」

「車両に異常があった」

「メーカーには安全に走行できる車両を生産してもらいたい」

 

と言い張ることができたのです。

 

ここで非を認めてしまえば、冤罪にもなりかねないですからね。

 

目撃者の証言

運転していた加害者がブレーキペダルを踏んだと言っているにも関わらず、暴走車を目撃した3人の男性の証言は「ブレーキランプは点灯していなかった」というものでした。

 

 ■ 目撃者のAさん

Aさんは、事故が起こった交差点を赤信号で停止しようと減速していました。

 

「自分の車の左側からプリウスがビューっとすごい音をたてながら追い越していきました」

「その速度はかなり出ていて、暴走者かと思いました」

「事故を起こした衝撃で停止するまでの間は、一度もブレーキランプは点灯していませんでした

 

 ■ 目撃者のBさん

Aさんの車両の後ろを、バイクで走行していたBさん。

 

「自分の左側からプリウスが追い抜くと、自分の前に結構なスピードで強引に割り込んできました」

「自分が50キロのスピードだったから、交通違反でもして追いかけられているのかと思いました」

「縁石にあたってもなお、プリウスの運転手はアクセルを踏んでいると思いました」

「そのまま赤信号に進入していったけど、ブレーキランプはついていませんでした

「青信号で侵入してきたゴミ収集車にぶつかってプリウスの車体が見えなくなりました」

 

 ■ 目撃者Cさん

Bさんの後ろをバイクで走行していたのはCさんです。

Cさんはプリウスにあおられていると感じたそうです。

 

「自分は、あおられるように割り込まれました

「でも止まる気配はなく、そのまま加速しつづけてゴミ収集車とぶつかりました」

「プリウスは減速するようすはなく、ブレーキランプは点灯しませんでした

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プリウスを運転した本人はブレーキペダルを踏んだと主張

プリウスの目撃者全員はブレーキランプが点灯していないと証言

 

この差異が、被害者遺族との温度差を生んでしまったのです。

 

今回のプリウス暴走事件で事故を引き起こした一番の原因は、プリウスドライバーが運転免許を返納しなかったことにあると推測します。

 

・事件当日すでに87歳という高齢だった

・数年前に足のふらつきを感じていた

・医師からパーキンソン病と診断されていた

・医師から運転をやめるように忠告されていた

 

足のふらつきを自覚し、医師にもやめるように指導されていたのに運転免許の返納をしなかったということは、もしかしたら、運転することが好きだったのかもしれません。

 

しかし運転が好きだからとって、多くの人が往来する一般道を走行するなんてリスクが高すぎます。

 

ここが田舎町ならまだわかります。

 

生活していく上で車両は、病院に行ったり買い物へスーパーに行ったりする道具なのですから。

 

ただ、今回の現場は都心のど真ん中です。

 

運動能力・判断能力が衰えてきている高齢者が、わざわざ自分で運転する必要はありませんでしたよね。

 

交通事情は確立されていますし、タクシーだってすぐにつかまります。

 

上級国民であるならば、お抱え運転手だって雇うことができたはずなのです。

 

事前に講じることができた対策を怠ったことが、どうにもこうにも悔やまれてなりません。

 

自分がハンドルを握っている以上は、どのような場面に遭遇しても適切な対処をしなければならないのがドライバーの責務です。

 

それができないほど・・・いえ、適切な対処をしていると錯覚するほど判断能力が衰えている時点で、ドライバーの資格はなくなっていたわけです。

 

加害者男性には、アクセルとブレーキを踏み間違えたと認定され、禁錮刑5年が確定しました。

 

どうか、執行停止とならずに、しっかりと自分の罪を受け止めていただきたいと、切に願うものです。

 

池袋暴走事件!禁錮刑受刑者の生活は?

禁錮刑の判決が出ましたが、禁錮刑とはどのような刑を受けるのでしょうか。

 

禁錮刑は、独居房で一日をすごすことになります。

 

朝起きて、なにもしない一日をすごし、夜になったら寝る

 

これを永遠と繰り返すことになります。

 

一見すると、なにもしなくて良いのですから楽そうなものです。

 

独居房で許されていることは

 

・読書

・勉強

・軽作業

 

だそうです。

 

テレビ・ラジオを視聴することができるそうですが、指定されたチャンネルのみとなっています。

 

土日祝日以外の午前中は、受刑者の希望で運動の時間が与えられますが、塀で仕切られた小さなスペースなんだそうです。

 

入浴も指定された日に、15分間しか与えられません。

 

衣類にも自由はなく、下着・靴下・肌着以外は貸し出されたものを身につけなければならないのです。

 

ホテルに泊まりに行っているわけではないので、独居房の中では正座かあぐらで座っていなければならないそうです。

 

「ちょっと疲れたなぁ」で、ゴロンチョすることはできません。

 

「体が固くなりそうだ」で、伸びをすることもできません。

 

看守の合図で、正座とあぐらを交互に座り直すしかできないのです。

 

不用意に動くと、看守に厳し目の指導が入ります。

 

しかも時計もないから、今が何時なのかも、あと何時間で一日が終わるのかも全くわからないのです。

 

考えようによっては、拷問と同じですよね。

 

こうしてパソコンの前に座っているだけでも腰が痛くなったり、首を回したり、おやつを食べにリビング行ったりしてしまいます。

 

それだけ同じ姿勢というのは、本当に堪えます。

 

しかし受刑者は、刑執行中の身。

 

ただひたすらに自分の犯した罪と向き合い、反省する時間となるのです。

 

池袋暴走事件!禁錮刑と懲役刑の違いとは!

刑務所に収容され、刑期を終えて出所することができる刑は、2パターンあります。

 

・禁錮刑

・懲役刑

 

懲役刑はドラマなどでもよく耳にしますが、禁錮刑は、これまでに聞いたことがありませんでした。

 

懲役刑は、他の犯罪者たちと集団行動を行わなければならず、工場での作業が義務付けられています。

 

これに対し禁錮刑には、一人ぼっちで一日を過ごさなくてはなりません。

 

さきほども紹介したように、禁錮受刑者は独居房で反省するのに時間を費やさなければならないので、工場作業の義務はないのです。

 

作業の義務がないことから、禁錮刑のほうが懲役刑よりも刑が軽いんだそうです。

 

しかし、基本的には禁錮刑も懲役刑も同じスケジュールになっているといいます。

 

違うのは、工場に行って作業をするかしないかだけです。

 

懲役刑で強制労働をする受刑者は、労働している分、お給料のようなお金をもらうことができます。

 

このお金を『作業報奨金』といいます。

 

もらえるお金は一律ではありません。

 

新人・・・・月に600円

二ヶ月目・・月に800円

半年後・・・月に1,000円

 

このように昇給していくシムテムになっているようです。

 

最高額は10,0000円~15,000円程度にもなるんだそうですよ。

 

しかし問題行動を起こすと等級が下がり、作業報奨金の金額も減給されるそうです。

 

ほかにも、外に出で運動することや他の受刑者とおしゃべりすることができます。

 

独居房では軽作業が許されていますが、これは工場での作業とは異なりますのでお金はもらえません。

 

もちろん、誰かと会話することもできません。

 

禁錮刑と懲役刑の違いは、強制労働と他人との会話ができるかどうかなのです。

 

会社務めをしていると上司や同僚との人間関係が煩わしく感じますが、禁錮刑の永久とも感じる暇な時間に耐えられず、懲役受刑者と一緒に工場作業をしたいと申し出る人が続出するそうです。

 

池袋暴走事件は禁錮5年で決着!受刑者刑の生活は?懲役刑との違い!のまとめ

高齢者によるアクセルとブレーキの踏み間違え事故はあとをたちません。

 

物損事故なら、壁なり建物なり車両なりを修理・弁償すれば元通りです。

 

お金で解決できます。

 

しかし人身事故となると、お金で解決というわけにはいきません。

 

事故を起こした本人や同乗者だけでなく、まったくの赤の他人を巻き込み深い傷を負わせることになるのです。

 

こころにも。

 

からだにも。

 

この東池袋の事件。

 

事故の詳細を知れば知るほど悲惨な状況だったことが伺いしれます。

 

実際、わたし自身も踏み間違えたことが過去に一度だけありました。

 

ブレーキペダルを踏んでいるつもりだから、いよいよ焦ります。

 

わたしの場合、車間距離を十分にとっていたので、焦りながらもなんとか停止することができました。

 

87歳の高齢者が運転中に『焦り』を体験したとなると・・・、しかもパーキンソン病で足が動かなかったことも考慮すれば、引き起こされる結果は明白です。

 

運転に自信があっても高齢者となったときは、家族とよく話し合うようにしてください。

 

そして、これから先、同じような被害者を作らないようにしたいです。

 

ちなみに私は、60歳を迎えたら運転は控えるつもりにしています。

 

 

 

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