古畑任三郎が解いた、数々の難事件。
なかでも印象的なのが、完全犯罪を成し遂げた二人の女性犯罪者です。
一人は、第一シリーズ第一話『死者からの伝言』の、中森明菜さん。
一人は、第二シリーズ第十話『ニューヨークでの出来事』の、鈴木保奈美さん。
ふたりは、それぞれの愛する恋人・愛する夫を殺し逮捕され裁判にかけられました。
しかし無罪判決によって、おとがめなしとなったのです。
同じように殺人を犯し、同じように裁判で無罪となったふたりですが、その後の歩む人生像がまったく違う形で描かれています。
それは、天と地との差があると言っても過言ではありません。
今回は、ふたりの犯行と古畑任三郎の謎解き、そして、その後の人生を比較してまとめました。
古畑任三郎が解く完全犯罪!小石川ちなみ:中森明菜
中森明菜さんが演じた小石川ちなみは、コミックの作家さんでした。
代表作は、『カリマンタンの城』『アゼルバイジャンの夜は更けて』です。
『カリマンタンの城』は、少女コミックとは無縁だった古畑任三郎を感動させ、涙させた作品でしたね。
小石川ちなみは高校を卒業してすぐに、コミック作家として執筆活動を開始しました。
若くして成功の一途をたどる小石川ちなみは男性経験が浅かったのですが、イケメン編集者・畑野茂と恋仲になります。
超売れっ子作家、超イケメンの恋人。
順風満帆に思える小石川ちなみの人生でしたが、実は畑野にとってのちなみは、遊ぶ女の子のひとりにすぎなかったのです。
そうです、畑野はプレイボーイ。
女性遊びが激しい畑野の、本当の姿を知った小石川ちなみは悔しさと悲しみのあまり、別荘の地下金庫に閉じ込めて窒息死を企てました。
畑野を金庫に閉じ込めてから三日後、小石川ちなみは再び別荘を訪れます。
到着するやいなや地下金庫の扉をそぉーっと開け、畑野の絶命を確認しました。
しあげに第一発見者を装って警察へ連絡、事故として処理をされることでちなみの復習は完成するはずでしたが。
この日は生憎の嵐。
山奥の別荘までの道のりで土砂崩れがあり、警察が到着するのが翌日になると告げられたのです。
「計画通りにはいかないものね」
小石川ちなみは、愛犬・万五郎に、静かに話しかけたのでした。
ギャフンと言わせてやりたいって思いますよ。
真剣交際をしているのに、自分の知らないところで数え切れないほどの女の子とよろしくしていたのですから、怒りも悲しみも憎しみもひとしおです。
金庫の中に「さよなら」と一言を残して、重たい扉を閉めたときの小石川ちなみの心境は計り知れません。
一度は熱烈に愛した男性との永遠の別れ・・・ですからね。
嵐の中、長野県の山道で足止めとくっていたのが、古畑任三郎と今泉慎太郎でした。
今泉号、ガス欠です。
なぜガソリンメーターに気を配っていなかったのか・・・、甚だ疑問です。
ドライバーとしては辺鄙な場所でのガス欠ほど怖いものはなく、常にガソリンがどれくらい入っているのかを気にするものですが。
そんな、ガス欠の今泉号の中で身動きが取れなくなった古畑任三郎の目に飛び込んできたのが、建物の明かりでした。
吹き荒れる雨風に騒ぐ木々のすきまから見え隠れする明かりこそが、犯罪計画の途中で途方にくれていた小石川ちなみの別荘のものだったのです。
古畑にとっては思わぬ形で出くわした事件現場でしたが、見事に小石川ちなみを自白へと追い込んだのでした。
小石川ちなみが作った謎を古畑任三郎が解明
現場の状況と、小石川ちなみの証言を元に導き出した謎の解明。
2.畑野の頭の傷
3.畑野のスリッパ
以上の3点から、犯人が小石川ちなみであることを突き止めました。
■ 畑野が握りしめた原稿用紙
閉じ込められた畑野は、自分が殺されるのを察知し、事故ではなく殺人事件である証拠を残しました。
メッセージを残せる紙を握りしめ、ペンのキャップを開け・・・あえて何も書かないということ。
なにをどのように書き残しても、遺体となった自分を最初に見つけるのが犯人である限り、メッセージはもみ消されてしまいます。
だから「僕は犯人の名前を書けるだけの力は残っているけど、なにも書きません。僕を一番にみつけるのが、犯人だからです」というメッセージを原稿用紙に込めたのです。
■ 畑野の頭の傷
ただ、せっかく残したメッセージに気づいてもらえず、事故として処理されては元も子もありません。
自分の死を事件として警察に動いてもらうために打ったもう一つの手が、頭の傷。
だれかに殴られたであろう痕跡を刻んでおくことで、事故として処理させないぞという強い意志がみられました。
だって普通、気を失うほどのチカラで、自分で自分の頭を殴る人なんていませんからね。
■ 畑野のスリッパ
そして、古畑任三郎が決定的な証拠として示したのが意外なものでした。
畑野のスリッパです。
金庫の中で亡くなった畑野のスリッパは、片方だけなくなっていたのです。
もし小石川ちなみの証言どおり、なにかの拍子に金庫の扉が閉まったのならば、スリッパは両足に履いていることになるので2つとも金庫内になければなりません。
しかし実際は、遺体のそばにスリッパは片方しかありませんでした。
これは、金庫の扉が閉まる寸前に畑野がスリッパを脱いでいて、その片方だけを誰かが持ち去ったということを物語っていました。
そんなことをするのはいたずら好きの犬・万五郎だけで、そのそばには必ず飼い主・小石川ちなみがいる・・・と。
だから畑野が金庫に閉じ込められた時分、現場には・・・小石川ちなみがいたということを古畑任三郎は導き出したのでした。
「今夜、万五郎がくわえて持ってきてしまったのかも」と、小石川ちなみは訴えましたが、古畑任三郎の前ではただの悪あがきにすぎません。
今夜の外は嵐。
車から建物までを雨の中走ったことで、万五郎の足は泥で汚れていました。
しかし現場である金庫の中には、足跡は見当たりません。
今夜スリッパを持ち去ったのならば、現場に足跡がなければ辻褄があわなくなってしまいます。
なぜなら万五郎が古畑に『お手』をしたとき、その前足には泥がついていたからです。
この3点で、小石川ちなみの犯行を立証したのでした。
小石川ちなみに対する古畑任三郎の対応
古畑任三郎の予期せぬ訪問で、小石川ちなみの犯行は見事に崩され、あえなく御用となりました。
逮捕後、小石川ちなみは裁判にかけられましたが、彼女を弁護した敏腕弁護士・小清水潔のおかげで無罪となったのです。
畑野を殺害したけど『無罪判決』ということは、小石川ちなみが完全犯罪をやってのけたということになりますよね。
日本国憲法第39条
『何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない』
小石川ちなみの罪は一事不再理により、二度と裁かれることはないし、償う機会を完全に失わせてしまったことになります。
そんな彼女と古畑任三郎は、友好的な関係を築きました。
まずもう、結婚式にお呼ばれされる時点で二人は特別な関係ですよね。
古畑任三郎は、二言目には
「ちなみちゃんは、いい奥さんになるよ~」
ですからね。
ベタ惚れです。
今泉慎太郎と一緒にデレデレしていて、まるで親戚の伯父さんもしくは父親のような立ち位置からのように溺愛しちゃってます。
罪を償うことができなくなって、罪の意識にさいなまれているのではないか・・・といった心情は微塵にも描かれませんでした。
小石川ちなみもまた、愛する旦那さんとの幸せな結婚生活を送っていますので、文字どおりハッピーエンドとなったのです。
古畑任三郎が解く完全犯罪!のり子・ケンドール:鈴木保奈美
完全犯罪といえば、ニューヨーク行き高速バスの中で出会った女性も又、完全犯罪を成し遂げた犯罪者のひとりです。
彼女の名は、のり子・ケンドール(演:鈴木保奈美さん)。
大学を卒業したのり子は日本から渡米すると、モントレーの出版社へと就職しました。
その土地で出会った小説家の男性と恋に落ち、結婚もしました。
しかしのり子は6年前、その夫を毒殺。
原因は、殺害した日の前日に夫から打ち明けられた不倫の事実でした。
しかも10年にも及んでいたことを知って、2人は大喧嘩していたのです。
殺害当日、のり子は自宅に、ドラックストアに勤める友人を招待しお茶をごちそうしました。
友人は、のり子の夫の大ファンで、身長が低いことを教えるとどうしても会いたいといい出したのです。
でも夫は執筆中だったため、日を改めて会わせることを約束し17時すぎに帰宅していきました。
と、ちょうど入れ替わりに執筆を終えた夫がリビングに降りてきます。
のり子がコーヒーと毒入り和菓子を夫に差し出すと、その和菓子を2つに割って片方をのり子に手渡します。
和菓子を食べた夫は急に苦しみだし、病院へ救急搬送されますが、そのまま亡くなってしまいました。
状況から考えて一番疑わしかった妻・のり子は逮捕され裁判にかけられるも、判決は無罪となったのです。
■ 友人の証言
のり子に殺人の故意がなかったことを証明してくれたのが、昼間遊びに来ていたドラックストアの友人でした。
彼女は実は、17時に帰ったふりをして、庭にこっそり身を潜めていたのです。
のり子の夫の大ファンだった彼女は、どうしても、ひと目でもいいから夫の姿が見たかったのだそうです。
そして、リビングに降りてきて、コーヒーと和菓子をたべるところを庭から見ていたのでした。
・受け取った和菓子を2つに割ったのは夫
・その片方をのり子に手渡した
・2人はその和菓子を食べた
夫の手で半分に割った和菓子のうち、どちらかを選ぶことがのり子には出来なかったとを証言したのです。
■ 動機の消滅
もしも、執筆中の小説を盗み読んで夫の不倫を事前に知っていたとしたら、のり子の殺害動機は十分です。
しかしこの仮説は、弁護士が崩しました。
夫は未完成の小説を誰にも読ませることをせず、厳重な金庫に保管していました。
そして、執筆中の小説にはエピローグが書かれていません。
エピローグがないということは、この小説は未完成なので、作者である夫以外が読むことは不可能だったことを主張。
未完成作品は妻であっても目に触れることがなかったので、事前にのり子が不倫の事実を知るよしはなかったのです。
のり子・ケンドールが作った謎を古畑任三郎が解明
古畑が見抜いたのは、2つの違和感の存在でした。
2.今川焼きの存在
のり子が夫に渡した毒入り和菓子の正体は『今川焼き』で、その今川焼きは、昼間偶然であった『日本人のおばちゃん』にもらったと主張していました。
■ 着物を着た感じのいいおばちゃんの存在
ニューヨークのタクシー乗り場で、タクシーを拾おうとしているおばちゃんに、のり子の方から声をかけたという情景・・・。
「その女性の特徴は?」という質問に、のり子は「感じのいい人だった」と答えました。
「なぜ日本人とわかった?」という質問に、「着物を着ていたから」と答えました。
そして「モントレーの息子のところに行く手土産に今川焼きを持っていて、その内の一個をもらった」と主張したのです。
例えば東京からニューヨークまでの所要時間は、12時間以上かかります。
それだけの時間を移動してきて、今川焼きがホカホカしているということはありえません。
「冷えた今川焼きは固くて美味しくない。そのときはどうしたのですか?」
古畑の『辻褄が合わない事柄が気になってしまう癖』に誘導されてしまったのり子は、ここでボロを出しました。
「もちろん。オーブンで温めました」
と。
■ 今川焼きの存在
家政婦さんが得意料理のローストビーフを、オーブンを使って作っていたことを古畑に指摘されたのり子は、トースターのことだったと訂正しましたが。
分厚い今川焼きは、トースターには入りません。
2021年の現在では、クロワッサンやロールパンなどを温める『パンウォーマー』が搭載されたモデルのトースターが誕生しています。
それでも、数多く普及しているわけではありませんので、『ニューヨークでの出来事』が放送された1996年には存在していなかったと推測されますね。
このことから古畑任三郎は、畳み掛けるようにのり子を追い詰めていきました。
・昼間に出会ったおばちゃんの着物を、特徴としてあげなかったこと
・今川焼きの温め直し方法の違和感
以上の二点から導き出した正しい情景は、着物のおばちゃんは作り話で存在せず、今川焼きは実はたい焼きだったということでした。
たい焼きの厚みならば、トースターで温め直しは可能でしょう。
たい焼きは、魚の形を模した姿をしていて、あんこが挟み込まれたお菓子です。
そして、尻尾よりも頭の方に多くのあんこがつまっているのも常識です。
レディーファースト大国・アメリカで育ったのり子の夫にとって、たい焼きを2つに割って奥さんに渡す方は・・・頭側であることもまた、常識だったのです。
和菓子の正体がたい焼きだったことを見破られたのり子は、観念して全てを白状したのでした。
「私がたい焼きの頭側を食べたら、夫も安心して尻尾を食べると思ったから」
のり子ケンドールに対する古畑任三郎の対応
のり子は逮捕されることも、裁判で有罪になることも覚悟の上で犯行に及んでいました。
しかし、のり子の小さな嘘を見破られなかったアメリカの刑事と、友人の証言や弁護士のおかげで無罪を勝ち取ることになりました。
のり子曰く、「これも運命なんだなぁーって・・・」
事件が落ち着いて発表された夫の遺作『カドベリー・イン・ザ・トワイライト』は、純愛小説のバイブルとして大ベストセラーとなります。
のり子一人が生活するには十分すぎるくらいの印税が入ってくるようになりました。
夫の遺作品が多くの人の目に触れることで、10年にも及ぶ不倫が暴露され、この世に遺されたのり子はピエロのような存在として辱めを受けることにもなったのです。
ひとつの事実も、夫目線か妻目線かによって、描かれる世界と印象はずいぶんと変わってきます。
・結婚をしたけど、不倫をし裏切られ続けられる・・・妻
どちらを主人公とするかによって、読者の受ける印象は全然違いますよね。
無罪放免で釈放されて普段の生活に戻ってきたものの世間の目はのり子を許さず、笑いものの晒し者となってしまったのです。
夫の、美化された不倫話によって命をつなぎとめさせられるのり子の中で、どれだけの怒りと悲しみと苦しみが渦巻いていることか・・・。
そんなしおらしい姿を見せるのり子に、古畑はやさしい言葉で諭すのでした。
「完全犯罪なんてするもんじゃありません」
と。
そしてそれ以上は、言葉をかけることをしませんでした。
のり子ケンドールの言葉から推測する、もう一つの真実
これは、劇中では語られていない物語です。
実際はわかりません。
しかし確信しています。
のり子は独占欲が強く、非常に嫉妬深い女性だったと。
思い出してください、彼女がいった言葉を・・・。
「夫は猜疑心の強い男だったから、あの日も彼女に何をさせるかとビクビクしていた」
猜疑心とは、相手の言動や行動を疑う気持ちのこと。
「あの日も」ということは、夫はいつも彼女の行動にビクビクしていたということになりますし、のり子自身も、夫が自分に対してビクついていたことを自覚していたことになります。
夫は自宅にいながら、気持ちが休まる場所などなかったのでしょう。
ではなぜ、のり子と結婚してしまったのでしょうか。
のり子の美貌は折り紙付きです。
あんな美人に言い寄られたら、たいていの男性は目がくらんでしまいます。
旦那さんを亡くした、少し影のある未亡人を思う恋ごころさえも、かき消されたに違いありません。
しかし、いざのり子と結婚して一緒になってみて、妻が気性の激しい女性だったと気づいてしまえば、安らぎを求めて未亡人のもとに戻るのは当然のことだと思いませんか?
きっと、のり子との幸せな結婚生活は長くは続かなかったでしょう。
その証拠に、2人の間には子供もいませんよね。
部屋に写真が一枚も飾られていなかったのも、本当は、夫婦の気持ちがすれ違っていたのではないでしょうか。
どちらにしてものり子は自分の非に気づかず、夫をがんじがらめに縛り、その結果が今回の事件を引き起こしたのです。
古畑任三郎が解く2つの完全犯罪!無罪となった容疑者のその後を比較のまとめ
人を殺して無罪となった2人の女性をご紹介しました。
同じような事件を犯した2人ですが、大きく違ったのは古畑任三郎との出会いのタイミングです。
のり子ケンドールは裁判が終わった6年後
小石川ちなみは、畑野に遊ばれていたという悲しみを抑え殺人を犯しましたが、古畑任三郎の優しさにふれ気持ちが軽くなったに違いありません。
一方のり子の方は、夫の不倫の事実に逆上した殺人でした。
裁判で無罪になっても心は救われることはなく、誰にもわかってもらえない重苦しさを背負って生きてきたことでしょう。
古畑任三郎と出会うまでは・・・。
「こんなことなら、あなたに事件を担当してもらいたかった」
そうです。
のり子もちなみ同様、早い段階で古畑任三郎に出会っていれば、こんなにも苦しむことはなかったのです。
「完全犯罪なんてするもんじゃありません」
本当に、そのとおりですね。