守谷香(もりたにかおり)という名前を聞いて、どれほどの人が「はっ!」とするでしょうか。
彼女は、X-JAPANのヴォーカル・TOSHIさんの元嫁の肩書を持つ女性です。
「あー!この人か!!」
人様の人生をメチャクチャにし、金銭を巻き上げ、更には巨額の借金まで背負わせ自己破産にまで追いやっておきながら、どこ吹く風といった涼しい顔で普段どおりの生活を送っているしたたかな女です。
そんな彼女が実は元・アイドルと知り、興味本位で色々と調べてみたら、驚くような事実が出てきましたので記事にまとめたいと思います。
守谷香は悪女!優しい仮面の下には鋭い眼光
守谷香の基本情報
名 前/ 守谷香(もりたにかおり)
芸 名/ 守谷佳央理(もりたにかおり)→守純かほり(もりずみかおり)→WANKU(わんくぅ)
誕生日/ 1969年7月26日
出身地/ 愛知県犬山市
血液型/ AB型
職 業/ 歌手
家族構成/ 父・母・香・弟
出身中学/ 愛知県犬山市立南部中学校
守谷香は1986年、松竹『ミス・レインボー』にて25,000人の中からグランプリを獲得し、菊池桃子さん主演の映画『アイドルを探せ』にちょい役で女優デビューしました。
同時にアイドル活動を始動!
1987年5月27日のデビュー曲『予告編』で『ザ・ベストテン』にランクインします。
この曲は、キリンレモンさんの提供でCMに使われていたらしいのですが・・・、歌、全然上手くないし、魅力も感じないのになぜ?ベストテン入りしたのか不思議でなりません。
因みにウィキペディアには、南山大学中退後に芸能活動を始めたとされていますが、1986年の彼女の年齢は17歳。
『南山大学中退』ではなく『南山高等女子部中退』の記載間違いと思われます。
高い人格 広い教養 強い責任感
キリストが教える愛に導かれ、
愛へと向かう人格教育、
それが南山の教育です。
その教育にそぐわなかったから中退の道を選んだのでしょうかね?
1987~1989年の3年間、アイドルとしてシングルCDを毎年2~3枚を発売しました。
(1988年4月21日リリース『お嫁さんになってあげないゾ』)
アルバムも87年に1枚、89年にオムニバスアルバムを4枚出していますが、どれもパッとせず売れなかったようです。
その後はアイドル活動を自粛したのか断念したのかCDリリースをパタリと止め、テレビドラマに露出するようになっていきます。
が、主役を張った作品はありません。
チェック
安田成美さん、中森明菜さん、東幹久さん主演の『素顔のままで』にも出演した形跡をみつけましたが、役名まではわかりませんでした。
ドラマも1993年を最後にパタリと出演が途絶えます。
1993年です。
1993年はTOSHIと出会う『ハムレット』の舞台に立った年ですね。
こうして時系列を見ていても分かる通り、守谷香は芸能人としては成功しなかったと言えるでしょう。
ことごとく仕事で失敗が続けば、自暴自棄に陥っても不思議ではありません。
守谷香の気持ちの中に不安が渦巻いている時に、きっと、例の自己啓発セミナー『ホームオブハート(当時レムリア)』と運命の出会いを果たしたのです。
ロックオペラ『ハムレット』のハムレット王子(TOSHI)の相手役は一般公募され、3,000人を書類審査でふるいにかけ30人に絞りました。
「こんなに頑張っている私は仕事がこないのに、なんで、この顎シャクレ男は巨万の富を掴むことができたの?」
「彼にあって、私に足りないものは何?」
守谷香は恨み節に、そんな風に考えながらこのオーディションに臨んでいたのかもしれませんね。
最終選考はTOSHI立会のもと1993年5月に行われ、偶然か必然か、選ばれたのが守純かほり(守谷香)、その人でした。
公演期間は1993年11月12日~21日です。
この期間中、すでにTOSHIは守谷香の術中にハマっていたと考えられます。
というのも、翌年1994年の春頃から、ロスの自宅ポストをソワソワした様子で毎日覗き込むという、異様な行動を示したのでした。
TOSHIは、『ハムレット』で共演した守谷香からのエアメールが届くのを心待ちにしれたのです。
守谷香が何を吹き込んだのかはわかりませんが、確実にTOSHIをマインドコントロールしていきました。
彼女からの手紙を楽しみに待っている様子に、守谷香を通してMASAYAの洗脳が始まっていたのは明らかです。
いつかはTOSHIのお金をごっそり頂いてやろうと、虎視眈々とおこぼれを頂戴するハイエナのようにギラギラと狙っていたに違いありません。
出会って4年。
ついに動く時が来ました。
X-JAPAN世界進出で、YOSHIKIの要求についていけなくなったTOSHIが、精神的に傷ついたところを見計らって、全ての人間関係を断ち切らせさも自分だけが味方であるかのように装ったのです。
4年間の交際(洗脳準備)は、TOSHIをコントロールするには十分な時間でした。
まんまと結婚という形をとり、巨額のお金を生み出す『金の成る木』を手にした守谷香はMASAYAとともに、報道などの通りTOSHIを洗脳することに成功すると、優雅な生活を手に入れたのでした。
守谷香が信仰するホームオブハートとは?
ホームオブハートは、1993年6月28日にレムリアアイランドレコードとして設立しました。
代表はもちろんMASAYAです。
この、設立時期でもわかりますね。
守谷香は既にMASAYAと繋がっていたと考えられます。
MASAYAは守谷香にご執心ということですので、想像ですが、信仰してきた守谷香を違った意味で洗脳し共謀することにしたのではないでしょうか。
そういう意味では、守谷香もまたMASAYAの被害者とも言えるのです。
ホームオブハートの教えとは
『全ての人間関係、家族関係、仕事、財産、名誉を捨てて“空”になれ』
『反すれば地獄のような苦しい人生を送ることになる』
表向きは、ヒーリング音楽・癒やしビジネスを展開している団体ですが、その実は完全なるカルト集団でした。
洗脳する常套手段である、参加者の人生や人格の否定した上で罵倒し暴力をふるい、心身が疲労し正常な判断ができなくなったところを、ジワジワと洗脳していくのです。
MASAYAに絶対服従のホームオブハートの教えを刷り込み、信仰者のお金への執着心を取り払うために全財産をホームオブハートに納めさせ、しかも返済が出来ないほどの借金までさせ、そのお金も全てホームオブハートに納めさせていました。
借金まみれにさせられ、馬車馬のように働かされると、本当に何も考えられない状態なっちゃうんですね。
TOSHIも良くこんな言葉を口にしていましたね。
『MASAYAを助けたい』
そんな清らかな人間たちを飼い慣らす非道な集団が『ホームオブハート』なのです。
守谷香の現在は?一体何をしているの?
婚姻関係にあるTOSHIを洗脳し、10億とも15億とも言われる巨額のお金を搾取した守谷香とMASAYA。
X-JAPAN再結成の契約金や、他の信仰者から搾取したお金も含めると、20億くらいはだまくらかしていると思われます。
どんなに派手に使ったとしても、20億円はそう簡単にはなくならないでしょう。
現在はMASAYAが手がけている『コンフォート社』の代表を務めているそうですが、これまで色々とやらかしているので大っぴらには動けず、二人して姿をくらましているとも言われています。
今、TOSHIはかつての殆どを取り戻し、音楽活動やバラエティーで大活躍しています。
そんな彼の姿を、守谷香はどんな気持ちで見ているのでしょうか。
守谷香のまとめ
守谷香は(多分)高校を中退した後、芸能界に足を踏み入れました。
しかし守谷には芸能の水が合わなかったようで、アイドルでも女優でも売れることはなかったようです。
他人を陥れるような根性の悪い人間には、誠意というものが微塵もありませんので成功しないで当たり前ですね。
どうか今後、このような不幸な出来事が、あなたの身に降りかかりませんように。